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2012年 01月 30日
そもそもお金は、物々交換のチケットである。物価は需要と供給のバランスで決まり、簡単に言えば100円の品物10個の社会で、通貨量が1000円で均衡を保つなら。通貨が2000円出回れば、品物は1個200円になり、通貨量が500円なら1個50円である。品物1個の価値は変わらないのに、通貨量次第で額面だけは200円にも50円にもなる。要は通貨は出回っている品物を交換するための、チケットである。
流通量と、それを求める人の割合が(需要と供給が)変わらなければ、品物の価値は変わらない。流通量が増えれば価値は下がり、流通量が減れば価値は上がるが、バランスが安定していれば価値は同じで、国がうまく通貨量を制御して、インフレにもデフレにもしなければ、100円の品物は100円のままで、価値が変わらずその価格も100円のままである。 ところが今の日本はデフレである。貨幣価値が上がり続け、品物の価値は同じなのだが、価格だけがどんどん下がる。本来、お金は品物と同じ額面の交換チケットだったはずなのに、最も価値のあるモノになってしまった。品物はどんどん価格が下がるがお金は逆にそのお金で買える量が増える一方だ。お金がいちばん価値のあるものになってしまった。 品物はどんどん値下がりするがお金に代えて保管しておけば価値がどんどん上がる。お金にして保管するのがもっとも有効な方法だと分かっているが、一般市民はお金を食うわけにもいかず、お金で食い物を買わざるを得ない。金庫の中にお金をしまえる余裕ある人ばかりがどんどん膨れ上がる。 そのお金で、日本国債を買おうものなら、もっとすごい、額面そのままでも円はデフレで価値が上がるのに利息までついてくる。格差は広がるばかりである。 まずはデフレを止めなければ格差が広がるばかりである。お金を溜め込まずに経済を活発にするには緩やかなインフレにすればよい。お金のような実体のない紙切れがじわじわ価値を下げる前に、それぞれにとって必要な価値ある品物に代えるからだ。かといって、牛肉もガソリンも必要以上に買い込んでも腐るばかり、よほど極端なインフレターゲットを実施しない限り、お金が品物に変わることはない。かつて日本は狭い国土のゆえに、インフレでお金が目減りする前に土地に代えるということがあったが、このウソも国民は知っている。 最大の財政再建策はデフレ解消であり、方法は簡単である。お金を刷りまして、流通させるだけでいいのである。錬金術のように思われるかもしれないが、例えば国民の総資産が1000兆円なら、年間50兆円を刷りまして、1050兆円の通貨量にすれば1000兆の価値が1050兆という価格になるだけのこと。大まかに約5%のインフレになる。100円の品物は105円で取引されるようになり、物価が5パーセント上がる。 金持ちたちの資産の額面は1050億円の人は1050億のまま、タダその価値がこれまでの円の価値からすれば50億円の目減りになるというだけである。1050億円で買える品物はこれまでの1000億円分になる。) 消費税を5パーセント上げても、インフレターゲットを5パーセントにしても、物価は同じように5パーセント上がるから国民の負担感は同じである。また、この税収は動いたお金からだけ(すなわち消費された分だけ)しか生まれない。 お金を借りてくるのではなく、お金を増産するだけでいいのである。国債発行(借金)はすなわち、金持ちどもに利息とデフレによる二重の利息を付けるだけのこと、一見乱暴に見えるお金の増発は、流通しないため込んだお金にかかる資産税と思えばいいのである。労せずして毎年50兆が生まれるのである。 全ての品物が時とともに価値を減らしていく中で、お金もまた黙って放置しておけば価値が下がっていくというインフレ状態の方が理に叶っているのである。 要はお金を持ち腐っているアイツらにとって黙っていてもお金がたまるデフレの仕組みはいじって欲しくないというだけのことである。 もちろん、お金を刷り増す安易な方法は『麻薬」になりかねない。節度あるインフレを制御できるかどうか、いまの日本の政治家、経済学者には難しいかもしれない。インフレを制御できず、国家が破綻する例は多い。僕は格差を元に戻す意味でインフレを支持するが、インフレでもデフレでもない正常化は絶対必要である。少なくともデフレを続けることは金持ちどもの根性を腐れ果てたものにしてきた現在の状況を見るとき、完全に逆麻薬付けといっていい。 現今の報道の根本的な大うそは、デフレを放置していることである。 2012年 01月 30日
![]() 明日、1/31(火)午後9時から、BS朝日の『にほん風景遺産』で吉川さんの取り組みや村上市が紹介されるとのこと。まちづくりに関心のある方、ご覧になってはいかがだろうか。 森岳まちづくりの会は、今回『島原さらくプロジェクト』を実施するにあたり、各種団体と連携するつもりで、すでに、森岳商店街、観光ボランティアガイドなどにラブコールを送っている。ゆうすい女性学級、中心市街地街づくり推進協議会も声をかけたいと思っている。 中心市街地街づくり推進協議会そのものは、元々多様な団体の集まりであるから、今回の『島原さらくプロジェクト』の活動母体としての『新しい公共の場』のはしりと言ってもいい。森岳まちづくりの会も実際、推進協議会構成メンバーであるからだ。 僕は、この推進協議会の事務局(ここでも雑用係)という立場を活かして、今回もかなり強引(?)に事業を進めさせていただいている。2月に予定している先進地視察はぜひとも『さらくプロジェクト』にもつながるものにしたくて、平戸市に決定した。推進協議会メンバーを起点に広く島原市民に参加を呼びかけるのだが、今回は早々と申し込みが殺到し、満員御礼で札止めになりそうである。 元々島原市は『歩き』に似合う町なので、僕らのさらくプロジェクトは想定どおりのプログラムである。今回特に「さらく」(歩く)に絞り込んで、推進協議会視察にも反映させてもらった。 平戸といえば、昨年『オランダ商館』の復元を果たし、周辺の街並み整備も力が入っている。何よりも、平戸観光・まちづくりを支える人たち、姿勢(ソフト施策)が好評である。平戸市の観光ボランティアガイド『ウェルカムガイド』が頑張っているという。 そこで、今回の視察メニューに『ウェルカムガイド』の取り組みもメインメニューに入れ、当然島原市では「島原観光ボランティアガイド』さんの協力が不可欠で、事前に情報交換もしていたので、ボランティアガイドからも多くの参加を得ることが出来そうだ。 期せずして、本日『広報しまばら』2月号が届いたのであるが、同時配布の『長崎県民だより』に、この『ウエルカムガイド』さんのことが紹介されていて、嬉しい偶然だ。
2012年 01月 29日
久しぶりで『学ぼう会』に参加した。障害者福祉関係の施設等で働いている人たちを中心に、参集して、お互いの抱えている問題事例を出しあって研究したり、先進的な取り組みをしている人の話を聞いたり、行政関係者に制度の説明をしてもらったり、幅広く勉強会をやっている。
残業手当が出るわけではなく、研修費が支給されるわけでもない。資格がとれるわけでもない。しかし、それぞれの現場で、活かされる知識や自信になるかもしれない。何よりも、悩み苦しんでいるのは自分だけではないという連帯感のようなものが得られるような気もする。 僕にとっては、直接的にはないのだが、福祉現場の具体的な現実と雰囲気が伝わってくる。 障害者が普通の生活を送るために必要な生活支援とは何か。支援する家族に問題はないか?もちろんそこが最大の要点であろう。障害者を持つ家族にも様々事情はあるわけで、誰もが聖人君子ではない。本当の意味での支えになるためにどのようなお手伝いが出来るか、その家族を支える福祉関係者に問題はないか?そこに無理はないか。社会は支えあってこそという当たり前のことという常識が政治の側にあるのか? ここに集う人たちは、けして大多数の人たちではないと思う。たぶん少数派なのだろう。でも彼らが福祉の現場を支えている。いつも思うのは、彼らは困っている人たちをかたまりで捕らえたりしない。いつも個別具体的である。一つ一つを解決していく。一般論や制度を議論するときも彼らの頭の中には、世話をしている障害者やその家族や仲間の一人ひとりの固有名詞を浮かべながら話をしている。 木を見て森を見ないということではない。一本一本の木の集合が森なのである。 2012年 01月 28日
![]() 長崎新聞にも島原新聞にも写真入で結構詳しく報道してあるのだが、実物を見るとまた違う趣がある。先達(案内役)は、あらまほしきことなれ(存在するに越したことはない)、島原城解説員の松尾先生の案内でいよいよ興味はそそられたのである。 昨日より、『島原城下ひなめぐり』がスタートした。記録係ということで、通常の写真撮影を禁じたお城のルールの例外で、貴重な映像を入手することが出来た。セキュリティーの関係で、今回の『ひなめぐりの目玉』は島原城売店横復興記念館の無料ゾーンでなく、天守閣3階のガラスケースの中に厳重に飾られている。520円の入場料が必要。 (市長に手渡す場面で、マスコミ公開された折に同行すれば。ガラス越しではなく撮影できたのだが・・・) 松平島原藩10代藩主に嫁いだ正姫(真鏡院)が持参したものといわれる。人形やその衣装(刺繍までしてある)も手が込んでいるが、僕はその小道具の中でも豆本に興味を持った。きちんとした和とじ本の格好をしている、大きさは4~5センチあるだろうか、実にかわいい。 ![]() 先生に問うたら、2冊は白紙だけど1冊は冒頭に古典の文章が筆写されているというのだ。手にとってめくることが出来ないのが残念だが、その古典は『土佐日記』だという、その冒頭が書かれているのだという。 「すると、男もすなる日記(にき)といふものを女もしてみんとてするなり。と、例の紀貫之の言葉が書かれているんですね!」と(若干得意になって、そらんじたわけで・・・)。なぜ、土佐日記なのか?など興味は尽きないが、正姫を嫁がせる、親の気持ちが、そこにあったりして・・・と話も弾んだわけである。 これは何が何でも、『新・土佐日記』で紹介しなければ・・・と思った次第。 2012年 01月 28日
(ちょこっと覚え書き)
市議会での理事者(市役所側)答弁で、感じることがある。あらかじめ想定問答まで作って、用意された言い訳。これは、事前に通告内容を検討して、質問者の意図を深読みして、彼らの弱みを指摘された場合に備えて、正当化の答え=言い訳を準備する。 こちらが思いもよらぬことまで、しゃべってくれることもある。僕の質問が最初の質問(通告)で終わることはなく、その後に放たれる「2の矢」の前置きのことが多いからだが、素朴な疑問を投げることもある。逆に思いもよらない「裏」を自ら白状することがある。 昨日の教育文化振興事業団の理事会でもそんな場面がいくつかあった。僕が立て続けに、議会の方で「天下り」問題を扱っていたものだから、人事採用について、念の入った回答を準備していたようだった。もっと素直に「今までは、やりたい放題やってました。」と正直に話すことを知らない。 今日は、島原城下ひなめぐりのオープニングセレモニーだった。市長が来賓祝辞を述べた。(おそらく)部下が用意した祝辞を握り締めたまま、自分の言葉で述べていた。市長の頭の中に、これとこれは言おうと決めているポイントはあるようだが、間に不要な形容詞が並びすぎて、かえって分かりにくかったり、分かりやすかったりする。 熊本からの日帰り1300円切符はどうしても紹介しなければならなかったのだろう。か。 役人たちの、咄嗟の言い訳は聞き飽きた。うんざりだ。中身も誠意もなく、よくもまあぺらぺらとこんな見えすいた言い訳を次から次に思いつくもんだ。と。しかしじっくり聞かないと、またはその内容を少し深めた知識情報がなければ、聞き逃してしまう。彼らは(相手が自分ほどの知識を持っていないと思って多寡をくくっているので)自己陶酔して、雄弁は銀だと思っている。 自分にはね返して、自分の言葉にうんざりすることがある。「正直がいちばん!」のはずなのに、95パーセントしか確認できていないことを、「こんなものだ」と断言する自分がいる。 時間が限られている中で、伝えきれないと諦めた時など、とりあえずの結論を出したがる・・・誠意が足りないのだろうと反省する。 分かりにくくてすみません。覚え書きとして断っていますが、すみません。今日(1/27)も色々充実の一日で、報告しようとすると、手放しで100点を付けて、皆の努力を讃え、自分はお手伝いさせていただいていると、なんかむずがゆい表現になりそうなので・・・「本当にこれでいいのだろうか?」という直観的に感じている『不安』を正体を見極めないまま記録しておこうと思った次第。 2012年 01月 27日
このところ、あちこちの『まちづくりキーパーソン』にご縁があって嬉しい。ここはイニシャルではなく、実名で登場願いますので、(本人に断っていないけど、いいかな・・・と思っている。)関心のある方は是非グーグルなどで検索をかけて、その言動を追いかけて欲しい。
先日、ボランティアといえば島原の旭さん、こと旭芳郎さんから、「長崎のYさんという方から電話があるかもしれない、島原のまちづくりについて詳しい人ということで携帯番号を教えておいたから・・・。」と電話があった。旭さんから、島原のまちづくりに詳しいとかまちづくりといえば松坂さんとか言われれば恐縮もするが嬉しくもある。(旭さんはわれら森岳まちづくりの会メンバーでもある。) Yさんからの電話によると、(同級生のよしみで)1/27新潟県村上市の吉川真嗣(きっかわしんじ)さんを島原市に案内するのだという。僕は不勉強で始めて聞く名前だったが、新潟県の観光カリスマで活躍中だということが分かった。紹介文などを見て、すぐに僕らと非常に近いまちづくり哲学をお持ちであることが分かった。 失われていく町人屋敷町並みの保存運動などで頑張っていらっしゃる方だ。村上市は城下町で、武家屋敷群だけでなく町人屋敷もまた保存すべきであるし、数少ない事例であると・・・そんな観光カリスマにまで指名されるまちづくりキーパーソンが、鹿児島でまちづくり関係の講師(パネラー)に招かれて、九州入りするとのこと。(それが、1/26のことらしい)、せっかく九州入りしたのだから、ぜひ島原を見てみたいというわけだ。 島原もまた、武家屋敷と、町人町がうまく残っている稀有な例だからだ。あわせて、まちづくりの取り組みなどを知りたい・・・というわけだ。 その吉川さんからも電話をいただき恐縮至極である。残念なことに1/27はちょうどわれらが『島原城下ひなめぐり』初日で、セレモニーなど多忙である。しかしかえって、吉川さんにとってはこうした取り組みも知りたい情報ではないかと思い、面会を快諾した。(こちらから色々聞きたいことの方が多いのだ。)しかし、満足な対応は出来ないことも見えている。 しかし、そこはよく事情が分かっていただける方で、そちらのイベントを最優先でお願いしますよ、邪魔にならないように訪問しますから・・・など有難いスタンスである。 今度企画している、平戸の視察にも長崎県の観光マイスター篭手田さんが登場する予定で、そのマイスターを紹介してくれたのが島原半島の観光カリスマ(長崎県に観光カリスマの認定があるかどうか分からないので、これは松坂の定義ということで、)田浦元さん。こちらは、平戸視察に続いて、島原中心市街地街づくり推進協議会企画の講演会の講師にお願い交渉中だ。『雲仙カーフリーリゾート』などを提案し、雲仙や南島原市『ありえ蔵めぐり』などの仕掛け人でもある。 昨日(1/25)は、福岡で城下町街並み保存に取り組んでいらっしゃる井沢さんという方から突然の電話をいただいた。誰かに紹介されたのか、ネット情報等でたどり着かれたのか、松坂を松坂と知っての電話だった。お話を聞いていると、先般(2011/10/8)島原で講演会の講師をして下さった、臼杵まちづくりのリーダー斉藤行雄さんとも親交のある方だった。島原の街並み保存の問題などについてお話していて分かったことである。今僕らの取り組んでいる『新しい公共の場づくりモデル事業=島原さらくプロジェクト』のことなどを紹介し意気投合した次第。またの情報交換を約した次第。 これをきっかけに、先の2011/10/8の講演会の報告をブログに発信したまま、斉藤さんに接触していなかったので、思い切って(講演を企画した島原市教育委員会に斉藤氏の電話番号を聞いて)電話をした次第。こちらも、先般、内子町の岡田文淑氏に電話をしたときと同じで、いきなりまちづくりの問題の核心に入っていけることが嬉しい。こちらも又、今後の情報交換をお願いし再開を楽しみにしていますと結んだ次第。 そんなこんなで、久々にまちづくりブラックホールに接近中である。今日(1/26)は議員宛職『教育文化振興事業団』の理事会があって、有明町に行ったわけである、久々に教育委員会のある有明支所を訪問し、一連のまちづくり情報を確認する予定だったが、会議が長くなり(自分で長くしたという部分もあるが・・・)とんぼ返りだった。 明日もまた、ひなめぐりの動きも楽しみだが、吉川さんに会えることも楽しみだ(ちょっと怖いけど)。 2012年 01月 26日
今年も、『島原城下ひなめぐり』では『桃カステラ大集合』をメイン企画の一つとした。長崎県だけの珍しいお菓子『桃カステラ』ではあるが、長崎県内(島原市内)の和菓子屋さんでは、たいてい取り扱っている。初雛の節句のお祝い返しなどに好評らしい。
それぞれのお店で、味も大きさも色合いも値段も違う。これを一箇所に集合させてはどうか、と。昨年何か話題を作ろうと苦肉のアイデアだったが、結構話題にもなり、参加店に売り上げも残した。 これを今年は4箇所に設置。(昨年は島原城と酒蔵の2箇所)今回の新たな二箇所はアーケード商店街の空き店舗対策『お休みどころ」だ。予算の出所が公金なので(営利を求めていないので、)無料でお茶なども出て、その場で試食する人も多いのではないか。 きょうは、各売り場をチェックして、案内板などを設置して回った。(以下) ![]() 今日は役得(?)で、島原城の松平氏ゆかりのお人形を、島原城解説者松尾卓次先生の解説入りで拝見することが出来た。今日は桃カステラ企画担当ということで、カメラを持参していなかった。明日はひなめぐり記録担当なので、公式記録者として再度今回のこのお人形は記録させていただこうと思う。 ご存知、明日のオープニングセレモニーはマンドリンの演奏が聴ける。・・・しかしその前に、酒蔵~島原城裏道コースにのぼりを立てる作業がある。今日はその下見もしたが、まだ梅のつぼみは閉じたまま、春はもう少し先らしい。 ![]() 結局、自分のお店の準備が最後になった。妻が、娘たちのひなさんを飾り付けるのを見ながら、『桃の花』の作成も手伝った次第。(妻は、引き続き、キューピーさんびなの展示、そのあとは夜なべで、販売用キューピーさんの量産体制に入る。当ブログ左のリンク先(わかばQPブログ)をどうぞ。 2012年 01月 25日
島原城下ひなめぐり、受け入れ態勢はまだまだであるが・・・着々と準備が進んでいる。今回、佐世保の博多人形サークル『式部工房』さんも参加。酒蔵の一角に飾り付けをした。
青い理髪館会場の方は、昨年に続き、長崎日大のデザイン美術科によるパリ研修展が参加している。 ![]() ![]() 2012年 01月 25日
柳の枝に、紙粘土でピンクの玉をくっつけていく。このひなめぐり風情を出す街飾りを「森岳ももの花」と名づけている。市役所が川沿いの柳を剪定して、切り落とした枝を再利用するわけだ。 森岳まちづくりの会・森岳商店街のメンバーが、この作業の場合はどちらかというと女性主体で参加してくれる。折りしも『島原さらくプロジェクト』が動き出したので、プロジェクトの経過報告などの会議も並行開催となった。 夕方、島原市役所の土曜会(管理職互助会)と市議会の合同年祝い新年会があった。議員一人を含む7名が還暦のお祝いとなった。まあ、恒例の新年会である。ひととおりお祝いを述べて歓談の後、この夜の作業兼会議に駆けつけた。 少しアルコールが入っていて(いや、少しではなくかなり入っていたな)うまく説明できたかどうか。念のために事前に資料は用意していたものの・・・というわけで、皆さん手を動かしながら(作業をしながら)の会議であった。 ![]() ![]() 2012年 01月 24日
いよいよ「酒蔵」も動き出した。酒蔵のトイレ設置工事も始まる。市役所担当部局(及び僕ら)は県の役人に散々嫌味(?)=不必要な心配を言われ、苦労したというのに・・・
・酒蔵って、個人の資産でしょ、そこに税金を投入するのはいかがなものか? ■法的所有権は個人にありますが、文化庁の指定する有形登録文化財であり、長崎県としても県指定景観資産に登録し、すでに保存のために補助をいただいています。公共財であり、プレゼンテーションでも説明したとおり、今回の島原さらくプロジェクトのちょうど真ん中に位置し、シンボル的な位置づけとしても、今後の島原観光の拠点情報発信基地になります。 ・私たち(県の担当)は、その酒蔵なんて知りません。そんなに価値があるのなら何故島原市は買い取って市の所有にしないのですか? ■(価値があるから県も景観資産に指定しているのだろうが!)知りませんじゃなくて、知ったらどうか!景観資産担当は県にいるんだよ。 ・私どもは、市に説明を求めています。事業のあと財産になるからなあ、トイレは本当に必要なんですか? ■おいおい、てめえはウンコもシッコもしないのかよ。 ・仮設トイレではではだめですか?・公民館で会議をしてはどうですか? てな具合。 島原市の方の担当課は、作る必然性を認めいっしょに応募したのだから、昨秋認定を受けて、その上司に至っては、これからはレベルの高いきれいなトイレじゃなきゃ観光客も満足しませんよ、ウォシュレットにしましょうなどと(無責任に積極的だ) いざ金が出る段階になって、県のいじめにあって、部下たちはトイレそのものの可否をめぐって苦労しているというのに・・・僕が県に怒りをぶちまけ、板ばさみの市担当は、分からず屋の県をおだてながらようやく実施にこぎつけた。 その上司に、「おかげさまでやっとトイレにも着手します。ウォシュレットは無理でしたけど。」と報告したら、(部下にまかせっきりもいいけど)「ウォシュレットでいいじゃないですか!いっしょに頑張って島原の観光を伸ばしましょう」と相変わらずだ。もっと具体的に部下の苦労を知ってはどうか?役所内の意思疎通はうまく行っているのか? と、まあそれは、プロジェクトの専用銀行口座をどうしようか、賃貸借契約書は?事務員採用の雇用保険とか給与支払方法とか、事務的な雑用のため市役所担当課を訪問した際の雑談だ。 翌日の「桃の花作りのための柳の枝の手配」、市役所が市有地の柳の枝を剪定させた捨てる枝を貰い受けて、僕らが活用するための段取り、あわせて、作業の段取り。連絡。 ひなめぐりの飾りつけの作家さんに対応(酒蔵)、同じく、青い理髪館会場の展示準備の立会い。などなどなどなど、動き出したばかりの事業だから、次から次に様々な不測の雑用が飛び込む。 一方で、島原中心市街地まちづくり推進協議会事務局も兼務しているので、2月に予定している先進地視察の段取りも、今日が最終調整だった。今回はオランダ商館を復元して元気いっぱいの平戸を訪問する予定だ。僕の頭の中では、この視察も別のものではなく、島原さらくプロジェクトの一環である。こちらは会議所の若手Nくんとワークシェア。 先の商店街連名会議(1/20)でまとめた市庁舎建設についての陳情文書の最終原稿の校正も、こちらは同じく会議所のM君と打ち合わせ。 雑用のオンパレードだ。「一文にもならないのによくやるよね。」「そんなことはない、楽しんでいるのだよ。」と、僕。「ライフワークだもんね、やりたくてやっているんだから世話ない、周りが大変だね。」と。周りの皆様に感謝! 挙句今日はエフエム島原の取材も受けた。酒蔵にトイレが出来ること、雛めぐりの準備が進んでいること。 トイレの背景にある、島原さらくプロジェクトそのものの意義、その事業を通じて「新しい公共の場」としての民間運動のうねりを作ることなどの想いを胸に対応した。 打ち合わせ時、レポーターの方が、松坂さんはどう紹介すればいいですか?(まあ、いわゆる肩書きのことだ)と。「森岳まちづくりの会、事務局長です!」と。「事務局は一人だけどね(笑) 」 雑用係が嫌にならないように、事務局というかっこいい名前を付けているのである。兄弟団体としての森岳商店街では、僕は現在会長職であるが、同様にT君に事務局をお願いしている。そんな風にして、雑用をワークシェアリングしてまちづくりしているわけだ。
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