情報発信!
「正直がいちばん!」
島原市議【松坂まさお】のブログ 松坂まさお公式HP 森岳まちづくり facebookはこちら ↓「以前の記事」の指定月をクリックすると、ひと月分のタイトルが一覧できます。 ↓「検索」にキーワードを入れれば、その語を含む記事が見つかります。 検索
最新の記事
カテゴリ
全体 はじめに 東京学生寮問題 諫干・環境 市庁舎建設問題 商店街とまちづくり 島原の自治と議会 島原鉄道を残せ! 阿久根に注目 島原から日本を変える 戦争と平和 情報発信 オーガニック 社会時評 個人的なこと 行財政改革 差別をなくす 文化・芸術・教育 島原半島は一つ 読書 役所改革 議会改革 未分類 以前の記事
2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 more... 外部リンク
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
2005年 06月 15日
午後、59歳で急逝した局長の葬儀だった。局長は学校卒業後速記者として島原市議会に奉職して40年間異動無しでまさに議会一筋に生きてこられた。市議会の生き字引、ミスター島原市議会であった。局長とのお付き合いは、僕が市議になってからの2年間であったが、じつにお世話になった。特に心の支えになっていただいた。かえすがえすも無念である。黄疸が出て入院した時にはもう手遅れだったという。早期に検診を受けておられれば・・・とあれこれ悔やまれる。
議長が代表して弔辞を読み上げられた。長い弔辞だった。しかしその言葉は美辞麗句の飾り言葉ではなく、素直な言葉が積み上げられての長い弔辞だった。考えてみれば議長たちは局長とまさに20年以上の付き合いである。僕の2年の付き合いですら、僕の人生にとっては、大きな存在であった。 正直言って、僕の2年間の議員生活はつらいことが多かった。与党ではなく、少数派で、孤立無援になることが多かった。同僚議員に何度も議事を止められ、批判を浴び、あげく懲罰委員会にまでかけられた。 僕が、けして反対のための反対や、議会をおとしめるためでなく、本心から、市民にとって議会にとって良かれと思いやっていること(事実はからまわりして、迷惑をかけたこともしばしばであったが・・・)、その志をおもんばかって、そのたびに好意的な(かといっておもねるのではなく、中立の立場で、ある時は厳しく「松坂議員!それはだめです!」と厳しく)助言を頂いた。いつも穏やかな表情で先生が教え子を見守るようなまなざしだった。局長の笑顔に何度救われたことか! 議長はじめ他の同僚議員たちも、どれほどか無念であろう。議長の嗚咽交じりの弔辞に、涙を誘われた。惜しい人を亡くしてしまった。これからもいろんなことを教えてもらうはずだったのに、残念無念である。
by mmatusaka
| 2005-06-15 18:37
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||