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2024年 06月 24日
現在図書館があるところを拡大して、記憶をたどろうと思う。松坂はまだ10歳で、小学生だった。当時の状況を知っている中高年の皆様、ご意見をお寄せいただき、松坂の記憶違いがあったらご指摘ください。 島原城は、まさに僕の遊び場で、写真右下のお堀は、現図書館山側の拘置所・法務局お向かいのお堀に直接降りて行くことが出来た。現図書館の場所は、確か森岳公民館だった。当時、拘置所は図書館の海側にあって、塀の上辺に鋭いガラス片が埋め込まれていて、脱獄を許さない意匠で、近寄りがたかった。森岳公民館は、大きな講堂があって、大きな行事や、剣道の道場にもなっていた。その奥に(警察署側に)一段低く長屋のような部屋があって、そちらで、飲食(炊き出し)の伴う行事(例えば、結婚式)などもあっていたと記憶している。 公民館に入ると右側(山手側)に天井の高い2階建て木造洋館があり、そこが図書館だった。同じく左側(海側)には、白漆喰壁の土蔵のような小さな建物があってそこが『松平文庫』の書庫だった。鍵がかけてあった記憶がある。写真を見比べると、1960年には存在していないので、1964年度までに新設されたのだろう。松平文庫の貴重な蔵書はそれまで何処に保存してあったのだろうか(本光寺?猛島神社?)。中高生時代何度か図書館を訪問した記憶はある。海側(講堂側)に入り口があり、左手に司書さんがいて、山側に階段を上って踊り場を経て、2階に昇ると書庫フロアがあった。 現在の島原図書館が出来たのは、1984年頃(※)だと思う。現在島原城の遺構が眠る芝生広場(新生病院のお向かい:図書館横駐車場隣接)は拘置所宿舎があって、すぐに塀に囲まれた拘置所があった記憶だが、図書館新設の際、用地交換したのだろうか。この期間、僕は約10年関東にいて、帰郷した時期に新図書館が完成していた。 ※お札の1万円札が聖徳太子から福沢諭吉に、千円札が伊藤博文から夏目漱石になった年だった記憶がはっきりしているので、1984年で間違いはないだろう。時の市長は鐘ヶ江管一氏だった。
by mmatusaka
| 2024-06-24 19:17
| 商店街とまちづくり
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