作品に出会う環境

　人が納得のいく、生きていてよかったと言える人生を送るのは本人次第だ。自分の出自や環境のせいにして不幸を嘆くより、与えられた人生の中で幸せを見つけたほうがいい。

　何が人生の転機になるかは分からない。友人や恩師との出会い、関わった活動、本、演劇。ひとくくりで、自分の人生に転機をもたらす作品ということで、タイトルにした。それは、はっきり自覚できる「私の作品」ということもあれば、知らず知らずのうちに自分の人生を方向づける作品群かもしれない。

　すぐれた作品に出会うために、親は子に読み書きを教え、教育環境を整える。行政は、学校を用意し図書館を整備する。心ある大人たちは文化を守り伝えようとする。一方で、自分たちの目先の利益のために他者から搾取し、地球環境を壊すことを何とも思わない人種が存在するのも事実だ。だからこそ、私たちは、絶えず「幸福とは何か」を問い続け、具体的に行動する。

　今回は島原（半島）の方たちに、一つの運動を紹介しておきたい。実は数日後の8月10日（土）島原文化会館で、お薦めの演劇作品『母と暮せば』が上演される。ぜひ皆さまにも観てほしいと思い、紹介する次第です。

　井上ひさし氏が主宰する「こまつ座」で、後半生をかけて追求した「戦争三部作」の一つであり、その遺志を引き継いだ劇団が（富田靖子さん・松下洸平さんらが）演じ続けている演目。作品の舞台である長崎での公演が３年まえ（コロナ禍）中止になり、今回再演が実現したという因縁の作品なのだ。（全国で好評を博しているとは聞いているが、実は、僕はまだ観ていない。見ていない作品を紹介するのは、少し気が引けるのだが、この頃、こんな素晴らしい作品だったら皆に紹介しておくんだった！と後悔することも多く、判断するのはあなた！ということで紹介する次第。平

　

　確かに文化・教育の地域格差は存在し、都会では9500円出せば誰でもが得られる機会なのに、地方では時間のあるお金持ちにしか回ってこない。そのような中、この田舎の島原で、何故に観劇のチャンスが巡って来たか。演劇互助組合というか、観劇共同実行委員会というか、「地方でも優れた演劇が鑑賞できる仕組み」が存在しているのだ。『島原市民劇場』という会員制の会だ。

　九州の「演劇を観たい市民」たちが、各地に「市民劇場」を作り、共同して演劇公演を実現する会で、参加している「新劇団」から、年間６つの演目を選び、（２か月に１回のペースで）巡業してもらうのだ。もちろん、みんなで決めるから、全作品が、自分の希望通りにはならないが、逆に思いもよらない作品に出会えることもあるわけだ。劇団の方も、目先の反応に左右されることなく（確実に座席が埋まるので）じっくりと作品作りに専念でき、質の向上も期待できる成長戦略というわけだ。

　会員は、好みの作品だけの観劇料を支払うのではなく、年会費（月額2200円×12）で、６作品が観劇できる仕組み。だから、九州各地の（限られた）市民劇場の会員しか見られない。今回の『母と暮せば』だけしか観ない人は、都会の公演日程に合わせるしかない。ここは、心を広く持って、他の５つの作品も観られると考えて、この機会に「島原市民劇場」に会員登録してはいかがだろうか。（日程が合わない人は、諫早や長崎の市民劇場と連携しているので、そちらで観劇も出来る相互交流もある。）

　

　この「市民劇場」運動は、一人では出来ない訳で、一定の規模が必要だ。幸い、島原は心ある先人たちの努力で、会が維持されているが、総人口は減少傾向にあり、交通事情も厳しくなっている。この運動を支える意味でも、応援の会員登録はいかがだろうか。出費多端な折り、相応の負担はあるが、多少やせ我慢してでも、自分の周りの文化環境を守り育てたいものだ。

　寝っ転がってテレビのスイッチをONするのではなく、ナマの芝居は、出演者たちのエネルギーが伝わってくる。観る側も、ちょこっと背筋を伸ばして能動的に関わることになる。人生の転機になるような作品に出会う機会は、自分で作らなければならない。