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2025年 08月 24日
![]() 今日の話題は「連歌」が取り上げられるとかで、 かすかな日本史・文学史の記憶で。「みなせさんぎんひゃくいん」というのがよぎりました。「水無瀬三吟百韻」で、水無瀬は歌枕でもある「水無瀬川」。水無瀬というところで。宗祇らが三人で百個連歌を作ったとか。五七五と七七なので50首分ということ? 歌詠みたちの間では、後鳥羽院は最も偉大な歌人であり、和歌の神様のような人なのだろうと思う。その後鳥羽院をしのんで、水無瀬川のほとりで?連歌をしたためたということらしい。(違ってたらごめんなさい) 後鳥羽院といえば、これまた日本史で1221年「承久の変」で隠岐に流されたとかナントカで記憶されたり、1205年新古今和歌集を作らせたとか、聞いていると思います。 新古今集を編んだ一人が藤原定家で、定家は、さらに厳選して百首を「小倉百人一首」としてまとめたと言われています。 新古今和歌集20巻は「春歌の上」で始まる、その最初に (※2番目でした) ほのぼのと春こそ空に来にけらし 天の香具山霞たなびく と、あります。この歌が「大上天皇」(後鳥羽院)で、 僕らは、春はまず空の彼方にその気配があって、始まるのだなあなどと語りながら 後鳥羽院に敬意を表して、この位置に置かれたのだろうとか思ったわけで、 同じ「春歌上」の36番目に、今回紹介する歌があります。 ちなみに百人一首では後ろから2番目の位置に 人もおし人も恨めし あぢきなく世をおもふゆへに 物思ふ身は と哲学的な歌が選ばれています。僕はデカルトと、書き込みました。 さて、その36番目の歌が 見わたせば山もとかすむ水無瀬川 夕べは秋となに思ひけむ というわけです。 清少納言以来、夕方といえば秋と言われてきたが、春霞の水無瀬川の夕べもいいじゃないか。と。 (中座:時間切れで、講座を聞いてきたあとなので、再発見もあるのですが、書き留めておこうと思っていたことを、引き続き書いておきます。講座の感想は、また稿を改めます。) 新古今集の300年前(905)最初の勅撰和歌集『古今集』で、古今集以来(清少納言の『枕草子』紫式部の『源氏物語』が1000年頃)宮廷文化の前提?最低限の基礎素養だったようです。 さて『水無瀬三吟百韻』はずっと時代がくだりますが(1488)…… 雪ながら山もとかすむ夕かな 宗祇 行く水とほく梅にほふ里 肖柏 川かぜに一むら柳春みえて 宗長 舟さすおとはしるき明がた 祇 月は猶霧わたる夜にのこるらん 柏 霜おく野はら秋はくれけり 長 ~ と続くわけで、連歌の様々なルールもあるようですが、基本は古来続く和歌の伝統。後鳥羽院に捧げる歌会なので、参加皆さんの念頭には、当然に新古今38番目の後鳥羽院の歌があるわけで、宗祇は冬を脱して(後鳥羽院の詠んだ)山もと霞む春の夕べを紹介して、肖柏に託します。肖柏の「行く水」は当然水無瀬川で、遠くから香ってくる梅の香を添えて、春に共感します。 雪ながら山もとかすむ夕かな 行く水とほく梅にほふ里 と合作の一首が完成します。次は、この下の句を残して、宗長が上の句を付けます。 川かぜに一むら柳春みえて 行く水とほく梅にほふ里 ……の一首が出来上がり。川は当然水無瀬川で、その川風が運んでくれた梅の香りに柳の新芽を添えて嗅覚だけでなく視覚にも訴えるわけです。 今度はその上の句を残して、新たな下の句を宗祇が付ける。 川かぜに一むら柳春みえて 舟さすおとはしるき明がた 水無瀬川に浮かぶ舟の音と、聴覚にも訴えます。おやおや、時間帯はいつのまにか夕方ではなく、明け方になっています。春はあけぼのに回帰するのでしょうか。 月は猶霧わたる夜にのこるらん 舟さすおとはしるき明がた (清少納言の「春はあけぼの」は徹夜明けのことだと評する人もいますが)明け方は明け方でも、まだ夜が明けきれないので月が見えるわけです。 そして 月は猶霧わたる夜にのこるらん 霜おく野はら秋はくれけり と、時間帯は、暮れてしまった夜で、なんと一気に季節は秋(晩秋?)に変化します。 というのが僕の連歌の理解。季節や時間が矛盾なく(例えば春と秋が同居することなく)、季節時間の伴わない場面では雑歌にも挽歌にも相聞歌にも変化するわけです。 ※講義は「連歌」にまで踏み込みませんでしたが、和歌文学の重要性が伝わるもので、僕の予習は無駄でなかったと納得しています。ではまた。
by mmatusaka
| 2025-08-24 13:38
| 文化・芸術・教育
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