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2025年 09月 15日
![]() 新古今和歌集(後鳥羽院や藤原定家=百人一首)の時代と、その300年前(古今集の時代)のさらにその前の万葉の時代を並べてみようと。多分パラパラめくるだけに終わると思いつつ、図書館に並ぶ万葉集として『万葉秀歌鑑賞』(山本健吉著)なる、講談社学術文庫と、まだうわさにだけ聞いてじっくり読んではいなかった(万葉集と言えば)折口信夫を借り出した。 おりぐちしのぶと読む、のぶおではないよ。確か慶應の関係者だと思っていたが、ナ、ナント、しっかり慶應の看板教授だったようだ。もっとも、僕が生まれる前には亡くなっているから面識はないのだが…… 持統天皇の「春過ぎて 夏来たるらし 白妙の衣干したり 天の香具山」の解釈を巡って、ウームとうならされる話が、微妙に重なり合う僥倖に遭遇したというわけだ。 知ったかぶりするわけではないが、年配の方たちには、百人一首は当然だった時代もあろう。 百人一首では「夏来にけらし、衣ほすてふ」だが、元は万葉集だ。 山本健吉という名前は、どこかで耳にしていたが、慶應大学国文科で折口信夫に学んだ大先輩であることが分かった次第。僕が在学していた50年前、名物教授の池田彌三郎さんが引退なさったが、その頃の人である。 山本健吉の万葉集論は、してみると、折口信夫の万葉論を引き継いでいることになるのだが、たまたま偶然この3冊を借り出したのであった。 大学時代、さだまさしの歌詞を巡って、高村光太郎の智恵子抄が下敷きになって、梶井基次郎の檸檬も、そして古くは万葉からの和歌の伝統もなどと、まじめに語る国文科の学友がいて、ナルホドねと思ったものだった。 今の時代だから、ネット検索で、色々出てくるのだが、「山本健吉」をググって、なんと長崎県の出身ということで、昭和63年に没している。たまたま手にした『万葉秀歌鑑賞』の文庫の奥付を観ると昭和62年。晩年の刊行ということになる。 さだまさしには「防人の歌」というのがあって、僕は反戦の詩だと思っているが、当時日露戦争を題材にした「二百三高地」という映画の主題歌になり、さだまさしは右翼だと言われた時代があったのだそうだ。 その時、同じ長崎出身のよしみで(?)山本健吉は、さだまさしを擁護して応援したというのである。そんなことがウィキペディアで紹介されている。 ![]() 一番手の天智天皇(中大兄皇子)「秋の田の~」の弟天武天皇が夫で、そのあとを引き継いだ女帝が持統天皇である。まあ、持統天皇の歌を巡る解釈は、僕が勝手に面白がっているだけなのでこの辺にする。 久保田淳は、岩波文庫版『百人一首』で(p16) 近年の万葉集の注では「白たへの衣」は「斎衣か」と考えられている。 と、珍しく出典を明らかにしていないが、折口~山本説の事だと思われる。
by mmatusaka
| 2025-09-15 22:17
| 読書
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