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    <title>新・土佐日記:読書</title>
    <category domain="http://mmatusaka.exblog.jp/i17/">読書</category>
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    <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
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    <pubDate>Thu, 11 Dec 2025 00:12:28 +0900</pubDate>
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      <title>新・土佐日記</title>
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    <item>
      <title>『自動車の社会的費用』</title>
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      <description><![CDATA[見ても見ていない。よくある。人は自分の見たい事しか見ない。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202512/10/76/c0052876_23484670.jpg" alt="_c0052876_23484670.jpg" class="IMAGE_MID" height="490" width="367" /></center>　偶然か必然か。巡り巡って、先般図書館で借りて読んで、大いに「我が意を得たり」であった。今回の一般質問でも取り上げることになった。きちんと（線を引きながら）読もうと、自分のそばに置くことにして、ネットで注文した。新刊でなく、古本で注文したので、若干日にちが経って、一般質問の終わった日に到着した。結局図書館で再度借り出して確認して、一般質問に臨んだわけだ。<br />
　古本と言えども、ほとんど新品状態でラッキーだ。図書館のよりあとの刊行で2020年47刷。改版があって、（若干文字が大きくなって）読みやすくなってラッキーだ。<br />
　中身は、ノーベル経済学賞を逃がした日本人 : 新・土佐日記　前回の紹介を引用しておこう。<br />
　実は、4年ほど前（知事選挙真っ最中の頃）月刊雑誌を購入した。連日目先のこと（知事選挙）に追われて余裕がなく、テレビも新聞も読めない状態だった。こんな時には世の中全般をザッと見わたすべく、一冊総合月刊誌を流し読みすれば、浦島太郎から現実に戻る効果がある。文芸春秋でも中央公論でもいいのだが、やはり広い視野を！と考えればやや左寄っているが「世界」に限る。　でも結局、ほとんど目を通すことなく、なぜかそのまま本棚に鎮座していた。<br />
　で改めて眺めると特集として「クルマの社会的費用」と書いてある。今考えると、その時「世界」を手にした理由は、この特集記事だったのかもしれない。改めて見返すと、この特集は、まさに元祖「自動車の社会的費用」（宇沢弘文著岩波新書）が下敷きになっているのであった。サブリミナル効果というか。　改めて、必然を感じるのであった。<br />
<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 11 Dec 2025 00:12:28 +0900</pubDate>
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    </item>
    <item>
      <title>『プラチナタウン』</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33877669/</link>
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      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202512/10/76/c0052876_17385609.jpg" alt="_c0052876_17385609.jpg" class="IMAGE_MID" height="317" width="474" /></center>　かつて、田島良昭さん（島原の障がい者福祉の先駆者）と、介護問題などを勉強していた時、島原半島は「介護特区」として、介護のまちを目指すのもありだと話をしたことがある。住みやすい島原半島の環境で、要介護の方や、高齢者が終（つい）の棲家として過ごす。少子化だ、若者がいないと、若い人の移住を目指すより、逆手に取って高齢者を集めて面倒を見るのさ。と。そうすれば、介護の仕事需要がある。介護の仕事に若い人たちが必要なのだから、自動的に若者人口も増える。　なるほど、介護は金食い虫の厄介者ではなく、これからの成長産業なのだと認識を新たにした。日本全国自然環境豊かな住みやすい街は何処にもあるわけで、その自治体が本気になれば「介護のまち」（移住のまち）は実現できるとて、頑張るけど、なかなかうまくいっていない。老後を考えるとき、心配なのは体が動かなくなった時、病気の時なのだ、つまり「介護」を支えるには、その背後に「医療」があって、いざという時にお医者さんが居る安心感が必要なのだ。と。<br />
　その点島原半島は歴史ある昔からの町なので、それぞれの町に「町のお医者さん」（開業医）がいて、後継者（2代目）は大学病院などに出ていくが、やっぱり町医者として跡を継ぐとか。ともかくも、既にお医者さんが居るのだ、と。<br />
　自然環境豊かな過ごしやすい土地を開発して「介護の街」を作ることは簡単だけど、その背後に「医者」を新規で誘致するのは至難の業なのだ、と。その点島原半島はそこにお医者さんが居るのだ。と。だから、「介護特区」を目指す、最初の条件をクリアしているのだ。などと、島原半島振興策の夢を語っていた。<br />
<br />
<br />
　先般、総務委員会視察（11/11～13）の直前に、偶然ネット配信動画で、大泉洋主演のテレビドラマ『プラチナタウン』を観る機会を得た。商社（四井商事）に勤めていた主人公が、破綻寸前の郷里の町を町長として再建する話で、タイトルの通り、老人（シルバー）の終の棲家を提供して『プラチナタウン』を造るという話である。箱モノをバカバカ建てて借金だらけの（夕張がモデル？）町に工場誘致に失敗した工場誘致用の広大な土地、の近くに分不相応な総合病院まである。この病院が田島さんと話していた「条件」に一致して、お、この計画は上手くいくかもしれない。と。<br />
<br />
<br />
　（視察先）三島市は若者の移住を促進していたのだが、僕は「団塊の世代の老後移住もありではないか」と、にわか仕込みのこのネタを紹介した。三島市はロケツータウンも目指していて、地の利を活かして、色んなドラマや映画のロケ地にもなっている。大泉洋も出演したNHK大河「鎌倉殿の十三人」のロケ地だったというので、『プラチナタウン』は共通話題にならないかなと思ったのだが、僕自身、たまたまこのドラマは視聴するまで知らなかったわけで、それほど知られてはいなかったわけで……<br />
<br />
<br />
　ただ、自分の中で、考えを整理しようと、原作本を取り寄せることになったわけだ。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202512/10/76/c0052876_17385477.jpg" alt="_c0052876_17385477.jpg" class="IMAGE_MID" height="490" width="413" /></center>　取り寄せてみると、発刊当時それなりに話題になった小説のようで、石破茂が地方創生大臣当時に勧められたなどと「こしまき」に紹介されていた。そして解説に紹介文を寄せていたのは堀田力さんだった。検事総長から、福祉に転じて「さわやか福祉財団」を立ち上げた、例の堀田氏だ。<br />
　堀田氏は、田島さんたちの福祉の様々な取り組みと共通する部分が多く、僕は田島さん経由で堀田力氏の名前を知っていた。<br />
<br />
<br />
　久々の「つながった」読書。というわけだ。堀田氏の解説文で、この小説のいちばん痛快な部分が紹介されているのだが、四井商事の若い女性社員が（ちょこっと酒の勢いもあるのだが）この町の議会のドンと呼ばれるオヤジ議員に、タンカを切る場面だ。全く同感！僕もこの場面でおおいに「痛快！」を感じた次第。<br />
<br />
<br />
　その田島さんも、堀田さんも相次いで数年前に帰らぬ人になってしまった。先輩たちの遺志を引き継ぐのは僕らの使命だと思う。<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 10 Dec 2025 18:55:30 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-12-10T18:55:30+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>『洪水の前』『大洪水の前に』</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33852421/</link>
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      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/31/76/c0052876_16521817.jpg" alt="_c0052876_16521817.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center>　『人新世の「資本論」』を著した斎藤幸平氏に注目している。なるべく彼の著作や言動はチェックしていこうと思っている。本ブログでも、何度か言及しているので、左の検索欄に「斎藤幸平」と入れて、僕の斎藤幸平観を共有して頂ければと思う。　うまく表現できていないかもしれない。結構論理的な学術的な論文なので、寝転んで読める代物ではなく、メモを取りながら、机に向かうタイプの本だと思っている。僕には難しくて、何度か読み込んでも、なかなか理解が及ばないのだが、なかなかいいことを（するどいことを）言っていると思っている。　何冊か著作も手に入れて、追いかけているのだが（そのようなわけで＝難解なので）追い付けないでいる。話題の『人新世の～』の前に、書いたという『大洪水の前に』も（手元に置きながら）まだまだ途中のままである。ざっと読んだかもしれないが、身についていない。そもそも、最初の『人新世～』も、もう一度読み込まないと……と思っている。<br />
　大洪水は、世界レベル地球規模の危機が迫っているという意味だろう。そうならない前に、何とか手を打たねば！と、マルクスの資本論をそのヒントとして提示しているわけだが。　　そうこうしているうちに、市民劇場の例会に『洪水の前』というタイトルのミュージカルがやってきた。この場合の洪水は、本演劇の時代設定が、日中戦争から第２次世界大戦に向かっていく時代で、洪水は、世界大戦という、僕らが経験した（防ぐことが出来たはずの）人災の事だ。　地球が危ないという大洪水も、人が引き起こす天災級の人災と言う認識は共通のものがある。<br />
　『洪水の前』はいずみたくの時代で、初演は1980年という。斎藤幸平氏が『大洪水～』を著した（邦訳した）のは、最近の事（2019年）だから、斎藤氏は、この演劇のタイトルに「洪水」が使われているのは知ってか知らずか、氏の事だから、知ったうえで、ある程度の共通するイメージを重ねて、大洪水の用語を選んだのだと思う。　　そのような謎解きも含めて、自分の読書の遅さ、時間配分の悪さ、そもそもの能力の限界を感じながら、理解を進めようと思うのだが……『芸術は長し、人生は短し』と思い知る。]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 31 Oct 2025 17:24:51 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-10-31T17:24:51+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>ひとやすみ（書店）</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33829718/</link>
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      <description><![CDATA[　西日本新聞読書欄には「カリスマ書店員のおすすめコーナー」というのがあって、僕の好みに近い本をいつも紹介してくれる書店員さんがいて、ちょっと気にかかっていた。西日本ブロックのいくつかの書店で、僕のお気に入り店員さんは、長崎に店を構えている。　長崎の眼鏡橋のそばの「ひとやすみ書店」という、名前もひとやすみにぴったりで面白い。気になっていたのだが、いつぞや思い切って訪ねた時はたまたまお休みで、今回初めて店内に足を踏み入れた。小さな本屋だった。でも、なかなかのレイアウトで、並んでいる本を眺めるだけで楽しめた。<br />
　こんなところで、ゆっくり時間を過ごしたいものだが……例によって駆け足ばかり。またゆっくり訪問したい。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/25/76/c0052876_00485054.jpg" alt="_c0052876_00485054.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/25/76/c0052876_00485471.jpg" alt="_c0052876_00485471.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/25/76/c0052876_00490035.jpg" alt="_c0052876_00490035.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center>　狭いスペースながら、平積み扱いでアクセントも入って、ご主人の個性ある字で「紹介文」を添えたり。心ゆたかなひと時を味わうことが出来た。(9/23）<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 25 Sep 2025 00:52:42 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-09-25T00:52:42+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>万葉集を巡って</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33823960/</link>
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      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/15/76/c0052876_20205894.jpg" alt="_c0052876_20205894.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center>（読書覚え書き）　昔ちょこっとかじった和歌の世界。肥前島原松平文庫の縁で、ひょんなことから、近ごろ数冊の本を読み比べている。　新古今和歌集（後鳥羽院や藤原定家＝百人一首）の時代と、その300年前（古今集の時代）のさらにその前の万葉の時代を並べてみようと。多分パラパラめくるだけに終わると思いつつ、図書館に並ぶ万葉集として『万葉秀歌鑑賞』（山本健吉著）なる、講談社学術文庫と、まだうわさにだけ聞いてじっくり読んではいなかった（万葉集と言えば）折口信夫を借り出した。<br />
<br />
<br />
　おりぐちしのぶと読む、のぶおではないよ。確か慶應の関係者だと思っていたが、ナ、ナント、しっかり慶應の看板教授だったようだ。もっとも、僕が生まれる前には亡くなっているから面識はないのだが……<br />
　持統天皇の「春過ぎて　夏来たるらし　白妙の衣干したり　天の香具山」の解釈を巡って、ウームとうならされる話が、微妙に重なり合う僥倖に遭遇したというわけだ。<br />
<br />
<br />
　知ったかぶりするわけではないが、年配の方たちには、百人一首は当然だった時代もあろう。<br />
百人一首では「夏来にけらし、衣ほすてふ」だが、元は万葉集だ。<br />
　山本健吉という名前は、どこかで耳にしていたが、慶應大学国文科で折口信夫に学んだ大先輩であることが分かった次第。僕が在学していた50年前、名物教授の池田彌三郎さんが引退なさったが、その頃の人である。<br />
　山本健吉の万葉集論は、してみると、折口信夫の万葉論を引き継いでいることになるのだが、たまたま偶然この3冊を借り出したのであった。<br />
<br />
<br />
　大学時代、さだまさしの歌詞を巡って、高村光太郎の智恵子抄が下敷きになって、梶井基次郎の檸檬も、そして古くは万葉からの和歌の伝統もなどと、まじめに語る国文科の学友がいて、ナルホドねと思ったものだった。<br />
<br />
<br />
　今の時代だから、ネット検索で、色々出てくるのだが、「山本健吉」をググって、なんと長崎県の出身ということで、昭和63年に没している。たまたま手にした『万葉秀歌鑑賞』の文庫の奥付を観ると昭和62年。晩年の刊行ということになる。<br />
　さだまさしには「防人の歌」というのがあって、僕は反戦の詩だと思っているが、当時日露戦争を題材にした「二百三高地」という映画の主題歌になり、さだまさしは右翼だと言われた時代があったのだそうだ。<br />
<br />
<br />
　その時、同じ長崎出身のよしみで（？）山本健吉は、さだまさしを擁護して応援したというのである。そんなことがウィキペディアで紹介されている。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/15/76/c0052876_20204069.jpg" alt="_c0052876_20204069.jpg" class="IMAGE_MID" height="416" width="500" /></center>　藤原定家が、百人一首の後ろから二番目に後鳥羽院の歌を置いたことにもドラマがあるが、持統天皇を、最初から二番目に置いたのも大いに意味がある。<br />
<br />
<br />
　一番手の天智天皇（中大兄皇子）「秋の田の～」の弟天武天皇が夫で、そのあとを引き継いだ女帝が持統天皇である。まあ、持統天皇の歌を巡る解釈は、僕が勝手に面白がっているだけなのでこの辺にする。<br />
　久保田淳は、岩波文庫版『百人一首』で(p16)<br />
近年の万葉集の注では「白たへの衣」は「斎衣か」と考えられている。<br />
と、珍しく出典を明らかにしていないが、折口～山本説の事だと思われる。<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 15 Sep 2025 22:17:17 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-09-15T22:17:17+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>万葉集が無い！</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33814919/</link>
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      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/01/76/c0052876_00582813.jpg" alt="_c0052876_00582813.jpg" class="IMAGE_MID" height="1038" width="500" /></center>　（松平文庫にまつわる講演会8/24を聴いて）色々思ったこと。備忘に書き留める。<br />
ちょっとマニアックかもしれないが、中世日本文学に詳しくなくとも、近ごろは、出てくる単語を簡単にスマホ検索できるから、すんなり伝わるかも。<br />
<br />
　本も断捨離したものの、捨て切れない本だけは残っている。『新古今和歌集』は勉強会でテキストにしただけでなく、まあ、日本文化の象徴のようなものとして残した。対照するために古今和歌集も残した。百人一首は、新古今和歌集の直後で、どれか一冊に絞れず、こんな感じ。<br />
　万葉集も（万葉仮名版で）持っていて、犬養孝版（4冊）もあったと思ったが、今回、和歌関係を寄せ集めようとしたら、無かった。処分したらしい。ちょっと寂しい。<br />
　実は、手ごろな新古今集として文庫版サイズを手元に置きたいと思っていたが、機会が無かった。多分各社出しているだろうから、どこか大きな本屋に行ったら見比べていいのを、と思っていた。<br />
<br />
<br />
　講演会の中で講演者（前田先生）から、久保田淳という学者の名前が出た。中世日本文学をかなり掘り下げた者しか知らない学者名だと思う。僕の記憶では『新古今和歌集』の第一人者と言ってもいい。<br />
　当時、もう50年ほど前、久保田淳の『新古今和歌集全評釈』（全9巻）を（図書館で借りたりして）参考にした。あれだけのすごい研究書だから、過去の学者だと思っていた。<br />
　ひょんなことから、（前田先生によると）「今年2025年になって、久保田淳先生は『百人一首』を岩波文庫で出しましたものね、かなり分厚い。」と。<br />
<br />
<br />
　え、まだ存命？　『～全評釈』はかなりの古典的研究書だと思い込んでいたが、今回ググってみると当時最新の研究で、僕らがお世話になったのは出版直後だったわけで、当時久保田氏はまだ40歳前後だったことになる。<br />
　そして、90歳を過ぎて、『百人一首』か。すごいなあと思う。しかも岩波文庫だよ。<br />
　おやおや、しっかり、角川文庫で『新古今和歌集』（上・下）も2007年に編集してくれている。手元に置こうかな。と。万葉集はそのあとだ。　<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 01 Sep 2025 01:34:22 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-09-01T01:34:22+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>∞（無限）の世界の有限</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33797122/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://mmatusaka.exblog.jp/33797122/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/02/76/c0052876_14305986.jpg" alt="_c0052876_14305986.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center>　８月２日（土）本来であれば、市民劇場の当番なので、朝から劇団さんの準備のお手伝い。夕方は早めに出て、駐車場の整理などの予定。アーケードの土曜夜市と重なるなあ。などと、忙しい暑い日になる予定だったが、劇団に病人が出て、公演は中止延期となった。（市民劇場運営については、このままじゃいけないでしょ！の意見もあるのですが、それはまたの機会ということで……）<br />
<br />
　アマゾンで本を注文していたのが、予定通り、8/2付けで届いた。恐るべし。<br />
<br />
<br />
　実は、8/2は島原図書館の除籍本配布の日、図書館には無限とまではいかないが、たくさんの本がある。有限の箱に納めるために、毎年、不要本を処分するわけで、人によっては「捨てるなんてもったいない！」というわけで、リサイクル。悪い話ではない。皆様にもお知らせしようと思いつつ、当日になってしまった。8/3までやっているので、覗き見すれば、思わぬ掘り出し物もあるかもしれない。1人10冊までもらえます。<br />
<br />
<br />
　「本は手元に置いて読むべし（買って、自分のものにすべし）」というのが、大方の学者（大学の先生）の考え方だったようで、自分もそういう考えに慣らされていた。事実、借りて読むことには制約も多く、これはと思う本はやはり手元に置くべし！とは思うが、近ごろ、モノに対する執着は薄れ、さほど所有することにはこだわらなくなった。<br />
　所有すると、それだけで読んだ気になったり、それが自分の知識教養になったと思いこんだり、逆に言えば、せっかくの知識教養が（手元を離れると）失せてしまうような気になって、不安で本が手放せない御仁も多いようだ。<br />
　<br />
　様々なコレクション、衣装もち、時計宝石貴金属、究極は「お金」。物欲は現代病だ。<br />
<br />
<br />
（書物・読書を例に展開するが……）<br />
　書物に代表される情報は無限といっていい。しかし、その情報を受け取る私たちは有限の器しか持たない。そのうち読もう、再読しようと思う情報書籍を、自分の書斎にため込んでも知れている。<br />
　残りの人生を考えたら、多くても１～2万時間ぐらいしか読書時間は取れない。おぎゃあと生まれた赤ちゃんとて10万時間は生きられない。まあ、1万時間あれば、結構な研究思索は出来るだろうけどね。<br />
　<br />
　ようやく重い腰を上げて、断捨離に努めているのだけれど、狭い我が家ながら、ため込んだ書類書籍だけで既にフリーズしている。それなのに、毎日毎日、新しい情報が飛び込み：新しいと言っても、今回紹介するように千年前の古典もまた、初めて接すれば、新しい情報だし、再読再発見も又、新情報だ。<br />
　有限の時間と有限の脳にどう整理しようというのか。<br />
<br />
<br />
　数日前、枕草子の第一人者と思しき酒井順子氏が現代思潮をうまく切り取っている記事を目にし、ちょこっと掘り下げようと、ググったり、図書館検索したりして、図書館でたどり着いた一冊の本を借り受けてきた。……『徒然草REMIX』。<br />
　あらら、『枕草子REMIX』のつもりだったのに……。再度検索、結局、身近では手に入らず、アマゾンのお世話になったというわけ。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/02/76/c0052876_14310100.jpg" alt="_c0052876_14310100.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center>　アマゾンの封を開けると、お目当ての文庫本が！そこにある。恐るべき時代になった。高いか安いか、人それぞれの価値観だろうが、500円でおつりがくる。なんと有難いことか。『徒然草』でよろしかったら、只で読める！<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 02 Aug 2025 15:37:59 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-08-02T15:37:59+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>夏休み：『枕草子』再発見</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33793721/</link>
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      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/27/76/c0052876_22153704.jpg" alt="_c0052876_22153704.jpg" class="IMAGE_MID" height="490" width="479" /></center>　読書話題が続くことになりました。その図書館で、さりげなく手にしたのが『行成想歌』という小説でした。新刊コーナーの本は（自分が最初の読者と思われるくらい、）ピカピカ新品で気持ちがいい。　<br />
　本当は、スマホとか通信手段を断ち切った状態で、どこか知り合いに会わずに済む場所、ボストン郊外のプロビンスタウンとか、カナダのアーボンリーあたりで２～３か月としゃれこむような夏休みが欲しいのですが、<br />
　気分だけ50時間ぐらい、彼の地に滞在したつもりで、主人公藤原行成にお付き合いして、中宮となる定子の姿を垣間見ることになりました。そして……。<br />
<br />
<br />
　歴史背景もよく知らないのですが、昨年NHK大河『光る君へ』にハマったので、ある程度分かります。『光る君へ』は大胆にも、藤原道長と紫式部の恋物語の展開。まんざらウソではなく、起こりうるストーリーである。<br />
　例によって、NHK大河では、一条天皇を巡る二人の中宮、定子と彰子を紫式部側から描いてあったのですが、この小説は一条天皇に仕える藤原行成と定子に仕える清少納言を軸に描いてありました。なかなか面白いさわやか感動小説です。<br />
　運命の二人（一条天皇と定子）の橋渡し（天の川にかかるカササギ）役の行成の理解者が清少納言という設定。<br />
<br />
<br />
　百人一首にも収まっていますので、ご存知の方も多いでしょうし、そうでなくても、何か聞いたことあるねという和歌が、<br />
<br />
<br />
　夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ<br />
というわけなのだけど、<br />
（ネタばれです）行成は、清少納言と、この背景となる漢詩についてやり取りするわけで、宿直で忙しい行成は「日記用メモ」としての書付を従者に（自宅に届けておくように）託すわけだけど、従者は、なんと、清少納言への恋歌と勘違いして、清少納言の元に届けてしまうという展開になるわけです。<br />
<br />
<br />
　実は、松坂、このブログに『新・土佐日記』と名付けたり、報告書に『青草子』と名付けたりして、この時代の文学には造詣が深いふりをしているのですが（気持ちはあるのですが）、実はそれほど詳しくないのです。<br />
<br />
<br />
　一条天皇に蔵人頭として仕える行成が、定子に仕える女官清少納言と接する機会はあるでしょうが、思わぬ展開に、（NHK大河で、道長・紫式部を初恋仲に設定する以上に、）小説は、何でもありで面白いなあ、と思いきや。<br />
<br />
<br />
　実は、この百人一首の清少納言の歌は、どの解説書を見ても、行成への返歌であると、説明してあることが分かって、二度びっくり。そのことは、行成の日記（『権記』というらしい）にも、なな、なんと『枕草子』にも書かれているという。<br />
<br />
<br />
　この小説を読んで、改めて、清少納言という作家（女流歌人）に興味魅かれるわけで、その代表作、考えてみれば、教科書に毛の生えた程度のダイジェストしか読んでいないのでした。<br />
　改めて、和歌文学の奥の深さを感じている次第。佐藤雫さんありがとう。島原図書館ありがとう。<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 27 Jul 2025 23:20:50 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-07-27T23:20:50+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>島原図書館で、本探し</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33778814/</link>
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      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/03/76/c0052876_23034552.jpg" alt="_c0052876_23034552.jpg" class="IMAGE_MID" height="372" width="490" /></center>　ひょんなことから、井上靖の『補陀落渡海記』（ふだらくとかいき）が、手に入れば読みたいと思った。井上靖と言えば、『あすなろ物語』『しろばんば』『天平の甍（いらか）：唐招提寺を建立した鑑真上人のはなし』など、読んだ人も多いかもしれない。　島原図書館にあれば、（近いから）ラッキーだ　と、図書館を訪問すれば、親切なマドンナ司書に相談もできるが、暑いので無駄足を避けようと、先ず「島原図書館ホームページ」。検索欄に「補陀落渡海記」で一発ヒット。いわゆる「現代日本文學全集」の86ということであった。「貸出可能」ということで、暑さも苦にならず図書館訪問。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/04/76/c0052876_00263872.jpg" alt="_c0052876_00263872.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center>　書名は『井上靖・永井龍男集』又は『現代日本文學全集86』で、この中に収録されている井上作品14本のうちの一つが『補陀落渡海記』だった。　【現代】と言いながら、50年以上昔の本で、世の中にデジタルの概念はなかった。だから目次にある作品タイトルは画像（アナログ）でしかなく、テキストデータではない。なのになぜ「ヒット！」したのか。<br />
　その昔、カードで管理していた図書を、どこかの時点でデジタルに切り替えたのだと思う。たぶんそれは、黙々とキーボードをたたく作業だったに違いない。書名タイトル・著者名だけではなく、収録作品名まで入力してなければ、今回のヒット！は存在しないのでは？<br />
　その図書館のパソコンデータに、ｗｗｗ（ワールドワイドウェブ）どこからでもたどり着くのだから恐れ入る。すごい時代になったものだ。今どきの本なら、登録の際、何個かついているバーコードをなぞれば、即登録も出来ようが、アナログ時代の書物は、人の手によるデジタル化がセットだ。先人の労苦に感謝したい。<br />
<br />
　かといって、パソコン管理されても本はパソコンの中にはなく、本棚にある。パソコンでは、いくばくかのデジタル説明と本の所在地（本棚の場所）しかわからない。目と足を使って（ある時は司書さんの助けを借りて）本を手に取ることが出来る。この微妙なアナログ感が好きだ。<br />
　貸出カウンターではピッ！ピッ！とバーコードをなぞるだけなのだが……。ありがたいものだ。帰宅して、再度検索をしてみたら「貸出可能」は「貸出不可」に変わっていた。すごい時代になったものだ。　<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 04 Jul 2025 00:57:23 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-07-04T00:57:23+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>息を整える②子供たちに本を読み聞かせる</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33766963/</link>
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      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202506/22/76/c0052876_17175270.jpg" alt="_c0052876_17175270.jpg" class="IMAGE_MID" height="640" width="480" /></center>6/22（日）長崎新聞の「絵本展」紹介記事に誘われて、久々に災害記念館を訪問した。太田教授の研究室が再現されているということだったので、そこも訪問した。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202506/22/76/c0052876_17175565.jpg" alt="_c0052876_17175565.jpg" class="IMAGE_MID" height="640" width="480" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202506/22/76/c0052876_17181480.jpg" alt="_c0052876_17181480.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>　今も、「絵本読み聞かせ」ボランティアを続けている、永石先生の絵本や水彩画を展示。この日は、その「絵本読み聞かせ」の実演があるということで、参加。楽しませてもらった。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202506/22/76/c0052876_17181695.jpg" alt="_c0052876_17181695.jpg" class="IMAGE_MID" height="640" width="480" /></center>　手袋で作った指人形で、表情豊かに寸劇を披露、集まった子供たちを、ぎゅっと引き付けて、お話に入る。こちらも子供になって、引き込まれてしまった。　実は、永石先生は、高校時代の同級生なのであるが、当時はあまり接点はなかった。まじめな好青年だった彼は、小学校の先生になり～島二小の校長を最後に引退したが、その後も精力的に（それが実に自然体に見える）読書ボランティアを続けている……敬愛する同級生だ。誇りに思う。<br />
　こうして頑張っている同級生の存在は、本当にありがたい。地道に、自分を貫いている。<br />
　いろんな生き方があっていいはずだが、どうせなら、こんな風に、生きてみたいものだ。<br />
　比較する必要はないのだが、（多数の）力をかさに着て、無法行為を正当化し、いったい何が目的なのか、無理難題で弱い者いじめをする連中　彼らは幸せなのだろうかと比べたりする。僕は今悪い環境にいるのだが、こんな環境でも、その逆境を跳ね返して、心穏やかに生きていきたいものだ。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202506/22/76/c0052876_17182045.jpg" alt="_c0052876_17182045.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
　<br />
<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 22 Jun 2025 17:41:08 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-06-22T17:41:08+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>有明図書館救出！</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33696471/</link>
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      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202503/09/76/c0052876_00564991.jpg" alt="_c0052876_00564991.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center>　有明文化会館（グリーンウェーブ）の一角にある「有明図書館」の閲覧スペースの椅子はとても座り心地が良く、お気に入りの場所だ。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202503/09/76/c0052876_00583580.jpg" alt="_c0052876_00583580.jpg" class="IMAGE_MID" height="285" width="500" /></center>公共施設等総合管理計画の行程表によると、（枠囲い部分を拡大）<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202503/09/76/c0052876_10430931.jpg" alt="_c0052876_10430931.jpg" class="IMAGE_MID" height="613" width="438" /></center>　今も拠り所にしている、当時の計画が、いかに「床面積縮小」に特化した計画であったかがよくわかる。<br />
※島原市ホームページの「サイト内検索」欄に『総合教育会議』と入れて検索。<br />
「島原市総合教育会議　議事録及び資料」をクリックして<br />
　第6回島原市総合教育会議　（平成30年9月21日）<br />
　の資料3で、公表されている。<br />
<br />
<br />
実は、公共施設等総合管理計画個別計画本体の方では<br />
元々「有明図書館」は「有明文化会館」の中の部屋の一つなので、<br />
元々有明図書館の面積は有明文化会館の面積としてカウントされているので、面積的には有明図書館はそもそも存在していなかった。<br />
<br />
<br />
しかし、教育委員会当局は<br />
市長と教育委員会の情報共有（意思確認）機関である『総合教育会議』で<br />
分かりやすい工程表を作る際、<br />
二つある文化会館を、有明文化会館一つにしたあと、<br />
（2026年度島原文化会館を有明文化会館に集約）<br />
次は有明公民館を有明文化会館に吸収する予定。<br />
（2033年度有明公民館は有明文化会館と複合）と。<br />
<br />
<br />
有明文化会館には既に公民館的な集会スペースはいくつか併設されているけれど<br />
島原文化会館の需要を集約したあと、さらに有明公民館の需要を複合するると<br />
需要にこたえられるだろうか。<br />
<br />
<br />
とか何とか、丁寧に考えることなく、<br />
文化会館も二つは要らないからイッチョでよかろうの、ノリで<br />
図書館も二つは要らないからイッチョでよかろう。という工程表を作った。<br />
乱暴である。<br />
<br />
<br />
質問取り（一般質問の答弁書を書く際、当局は質問者の真意を確かめたり、特に数値を正確に答えるために、具体的な質問を聞き出しに来る。）の際に、<br />
有明図書館を廃止するということは、<br />
今まで有明図書館を利用していた人たちに図書館サービスを無くしてしまうことだね。<br />
本来、費用削減が目的だったはずじゃないの<br />
運営経費がこれまで通り確保できれば、図書館を無くす理由は無いのではないか。<br />
と、くぎを刺した・<br />
<br />
<br />
12月議会で<br />
2033年度を以て、有明に図書館は不要であるという根拠を示せ！と迫った際、<br />
当局は、<br />
「不要であるからというふうなことではなくて、各種の施設の統廃合の一環として考えているものです。」<br />
と、意味不明な苦し紛れ答弁だったわけですが……<br />
<br />
<br />
今回同じ質問に対して、有明文化会館は存続するので、ただちに廃止することは無い。といった感じで<br />
「2033年度を以て廃止」のような断言は撤回した形になりました。<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 09 Mar 2025 01:05:17 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-03-09T01:05:17+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>TSUTAYA島原店にスタバ</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33677283/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://mmatusaka.exblog.jp/33677283/</guid>
      <description><![CDATA[　入手しようと思っていた本。西日本新聞(2/8づけ）の書評に先を越されてしまった。ここまで評判がいいのなら、TSUTAYA島原店にもあるかもしれないと思って、訪ねてみた。今年一番の寒さと言いながら、時々降った雪は積もることもなく、晴天だった。　駐車場は満杯で、（交通整理の人たちが誘導をしていた）スペースが空くまで、しばらく待たされた。TSUTAYAが改装オープンして、遅れていた喫茶スペースが開店すると聞いていた。スターバックスだ。NHK新大河ドラマの「蔦屋○○」と、この書店名「つたや」の由来因縁につながりはあるのだろうか。<br />
　<br />
　話のタネに、求めている本のさわりを、スタバコーヒーを飲みながら読んで「読書人」を気取ってみようかと思って、店に入ったのだが、スタバには多くの若い人たちが列をなしていた。すごいなあ。で、コーヒーは諦めて（出費せずに済んだ！）……<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/08/76/c0052876_17200190.jpg" alt="_c0052876_17200190.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center>　無事、求めている本も、見つけることが出来た（店員に見つけてもらった）。ベレー帽弁護士、鴨志田祐美さんの『再審弁護人のベレー帽日記』だ。　最近は何処も自動レジで、（僕は機械より人間の方がいいので、そちらに向かったのだが、「機械でどうぞ」と促されて）、画面に指図されるままにピコピコ。無事購入することが出来た。ブックカバーも、自分でかぶせるようになっている。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/08/76/c0052876_17200255.jpg" alt="_c0052876_17200255.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center>　時代についていけるのだろうか。<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 08 Feb 2025 17:39:50 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-02-08T17:39:50+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>Being Human: How Our Biology Shaped World History</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33673289/</link>
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      <description><![CDATA[（本の紹介です）<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/02/76/c0052876_14355117.jpg" alt="_c0052876_14355117.jpg" class="IMAGE_MID" height="345" width="490" /></center>　B君お勧めの本、という事で拝借。（写真右側のでかい方）『この身体がつくってきた文明の本質』ルイス・ダートネル著（東郷えりか訳）<br />
<br />
実に面白い。示唆に富む話だ。納得のいく世界史。人類の歴史を、この1冊で説明できているようなスケールの大きい本だ。なるほど、ナルホド！そのような見方切り取り方があったのか。と。何度も何度も再発見があった。<br />
*************************************<br />
（以下　アマゾンの紹介文より）<br />
<br />
<br />
身体を持った生物としての人間が、いかに文明をつくってきたかを壮大なスケールで描く大作。『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』と『世界の起源』に続く3部作の終巻。「肉体」をもった「生物」としての人類の壮大な歴史！人間には肉体的な壁があるからこそ歴史はつくられた。「身体」から初めて世界史を総合的に解き明かした名著！ベストセラー『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』で始まる3部作の最新作。疫病、人口問題、遺伝的変異、アルコール・カフェイン・薬物、長子相続、認知バイアス……。歴史を動かした身体性！本書「はじめに」より本書では、人類の歴史の奥深くまで潜り、文化や社会、文明に人間の根本的な特徴がどのように現われていたかを探ることにする。ヒトの遺伝子や生化学、解剖学、生理学、心理学上の奇妙な癖がどのように発露してきたか、そして一度の重大な出来事という観点だけでなく、世界の歴史で終始一貫して長期に見られた傾向の結果や波及効果が何であったかを探究したい。……ヒトの体の特徴は、僕らが互いに学ぶ慣習や行動、技能などの人間の文化的発展に、もっと微妙な方法でも影響をおよぼしてきた。目次　はじめに第1章　文明をつくるソフトウェア第2章　家族第3章　エンデミック――風土病第4章　エピデミック――流行病第5章　人口統計第6章　気分を変える第7章　コーディング・エラー第8章　認知バイアス　おわりに　謝辞／訳者あとがき／図版リスト／原注／参考文献／索引「訳者あとがき」より　ルイス・ダートネルの新著『この身体がつくってきた文明の本質』は、「壮大な規模の歴史と現代世界の形成を異なったアングルから探ろうと試みた3部作の3巻目」とのことであり、そのすべての翻訳にかかわれたことを、たいへん光栄に思っている。原題（Being Human: How Our Biology Shaped World History）『ヒトであること――人間の生態がいかに世界の歴史に影響をおよぼしたか』からわかるように、今回のテーマはずばり人間そのものであり、歴史上のさまざまな出来事を理解するうえで、生物としてのヒトの特性や制約がどう関係してきたかを読み解くものだ。人口問題と戦争の関係にも随所で触れており、長子相続制などと絡めて歴史を見る新たな視点を与えてくれる。　著者ダートネルはまだ40代前半の宇宙生物学を専門とする研究者で、現在はウェストミンスター大学の教授でもある。科学者でありながら、本作では生物としてのヒトの進化論にとどまらず、ヨーロッパの王朝や大航海時代や植民地主義の時代などを、さながら歴史書のように細かい出来事を追いながら、その背後にあった生物学的な遠因を明らかにして見せる。……ヨーロッパに限らず、世界のどの国でも言えることだが、世襲制の支配者たちは権力を保持するために近親結婚を繰り返したことによって、結果的に自分たちの首を絞めていたのだ。　疫病・感染症に関しては2つの章が割かれており、とくに風土病と植民地主義の関係がたいへん興味深いものだった。アメリカの当初の13植民地は、カリブ海やラテンアメリカ、アジアやアフリカの植民地と同じものなのか、入植者と植民者、あるいは開拓者というのは何がどう違うのかと、長年、疑問に思っていたためだ。ヨーロッパ人は自分たちが移住する新天地を求める際には風土病で命を落とさずにすむ温帯地域を選んでインフラを整備して「入植植民地」を築いたが、マラリアや黄熱病のはびこる熱帯では、現地の先住民、またはこれらの感染症に遺伝的に適応し、シーズニング（順応）もしたアフリカ人を働かせ、ひたすら自然の富を強奪する「収奪的植民地」としていたのだ。……　人間が精神状態を変えるために摂取するアルコール、カフェイン、ニコチン、アヘンなどの物質をテーマとした章は、飲料水の問題とも関連して非常に面白かった。……アヘンを吸引する習慣はオランダ領だったフォルモサ（台湾）から広がったと考えられており、痛み止めや咳止めとして飲んだ場合と比べて、依存性が高くなることを本書から知った。日米修好通商条約でアヘンが禁輸になったのはアメリカの総領事ハリスが、清朝でアヘン吸引が蔓延する状況を憂慮し、イギリスに先駆けて条約を結ぶための駆け引きにも利用したおかげだった。しかし、日本滞在中に重病を患ったハリスは、自身もアヘンをタバコと混ぜたものを薬用で吸引していたと、通訳官のヒュースケンが書いている。アヘンは現在もオピオイド薬として市販薬にも含まれており、そうした薬を常用することで依存症になっている人が急増している。　本書は、多様な認知バイアスが歴史上におよぼした事例もまとめている。日々のニュースを見聞きするなかでも、わが身を振り返っても思い当たる節が多々あり、訳しながら苦笑の連続となった。翻訳作業はじつに楽しいものだったので、読者の皆さまもラムやジンに、レモンの輪切りでも加えたものを啜りながら、楽しくお読みいただけたら幸いだ。…<br />
******************************************<br />
<br />
<br />
　かつて、B君に紹介された『ローマ人の物語』（塩野七生）も、僕にはとても面白かった。しかし、紹介してもらってから、読み始めるまでに７年がたった。で、今回はすぐに読み始め、読み終えた。内容が濃すぎるので、もう一度読み返す必要がありそうだ。<br />
<br />
<br />
　いったいB君は、どのようにして「本」を探し当てるのだろうか。（大きな本屋の本たちを巡り歩いて、手に取って見つけるらしい。）で、今は（写真左）この作者の３部作の最初の分を読んでいるとのこと。<br />
<br />
<br />
　先般より紹介している斎藤幸平の視点にも通ずるところがある。B君も、先日僕が紹介した（僕はたまたま、偶然で見た）NHKBSスペシャルの斎藤幸平君特集を見たという。僕のこのブログを見たというわけではなく……まあ、テレビというのは典型的なマスメディアという事で、たまたま、同じ番組を見たねと言うのは良くある話なのだが……見ている世界が同じ世界のようで、嬉しく頼もしい。<br />
　というのも、こんなこと考えているのは、自分だけじゃないのかなあ、マイナー少数派なのかなあと孤立感を深める昨今。案外、僕と同じように考えている人も少なからず存在するんだという安心感。（例をあげれば、脱成長に向かう世界観）<br />
<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 02 Feb 2025 20:55:52 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-02-02T20:55:52+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>　『人新世の資本論』④脱成長へ</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33661515/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://mmatusaka.exblog.jp/33661515/</guid>
      <description><![CDATA[　斎藤幸平は、見事に資本主義の限界（本質）を突き付けた。論理的には、１％の富裕層だけに富が集中し、格差は広がるばかりで、このまま成長を続けるしかない資本主義は既に地球規模で行き詰まっていることを説明しつくした。目指すべきは『脱成長コミュニズム』で、結論も見えている。<br />
　そうはいっても、私たちは資本主義の生活にどっぷりつかって、それに慣れ切ってしまっている。本書で掲げられた理念や内容には、大枠で賛同してくれても、システムの転換というあまりにも大きな課題を前になにをしていいかわからず、途方に暮れてしまう人が多いだろう（p361)、と。<br />
<br />
<br />
<br />
　脱成長路線が正しく、そこに向かうしかないのはわかっていても、現実には難しいよね、と皆をおもんばかりながらも、行動を起こそう！と呼び掛けるように、唐突に「３.５％」を持ち出すわけです。「３.５％の人々が行動を起こせば社会が変わる」という一学者の説を確実な法則のように紹介して、ハードルを下げるわけです。<br />
　僕も、19人しかいない島原市議会の一議員は、既に５％を占めている。１人でも社会を変えるきっかけがつくれるかもしれないと思わせる。そして、グレタ・トゥーンベリちゃんがたった一人から巻き起こした大きなうねりを紹介する。ぼくはバタフライ・エフェクトいう言葉もよぎり、何か希望のようなものを感じる一方、大多数に押し切られる現実。否が応でも、この資本主義社会に飲み込まれる人々……<br />
　と、堂々巡り。<br />
<br />
<br />
　ふと、働きバチの法則と、裸の王様を思った。働きバチ（蟻）の法則は、ご存じ、２割のハチは働かない。働きバチと働かないハチを分けると、働きバチの２割がサボりだし、働かないハチの８割が働きだすという。種族が生き延びる知恵のような本能のような。人間以外の生物なら、皆が資本主義（成長し続けるしかない）に向かえば向かうほど、２割は脱成長に向かう。皆がカネ金かねと言えば言うほど、私はカネは嫌いだという者が出てくる。<br />
　なぜか人間社会ばかりが、同調圧力に屈して、共同歩調をとって地球の破滅に向かっている。たぶん、心の中では本心では、「これ間違っているけどね」と分かっている人が２割、いやいや２割どころか、半数以上が承知の上で「王様は裸だ」と言えないでいる。と考えればどうか。（そのようなことを、鈴木大裕氏が斎藤幸平を持ち出す過程で、思いついた。）<br />
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　「人新世」の地質区分は、主義主張とか政治問題ではないから、目の前の事実として（明らかに1950年頃を境に）地球環境が変わり始めたわけで、万人が受け入れると思いきや、その言葉（事実）さえ無きものにしようという勢力が頭をもたげてくる理不尽な人間社会。地動説を唱える輩は迫害された。<br />
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　素直に、自然流で、構えることなく、「王様は裸だ」と言えばいいわけだ。どうぞあなたは時間をお金で買ってください。僕は結構でございます。脱成長で行きます。お肉はほどほどにします。飛行機には乗りたくないなあ。コモンを返してくれ。と。<br />
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　そのような考え方は、たった一匹の地球の裏側の蝶の羽ばたきではない。そのように確信をもって考えている人は3.5％どころか、生物界の摂理として、理屈抜きに２割は存在する。いやいや、実は圧倒的多数の人々が「１％の超お金持ちが、僕らの意思に反して、巧妙に作り上げた資本主義システムで牛耳っていること」を、理屈の上でも、本能的にも、感情的にも分かっている。<br />
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　もう、ほどほどで、やめてくれないか。<br />
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      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 15 Jan 2025 22:54:44 +0900</pubDate>
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      <title>『人新世の資本論』③：ではどうする？</title>
      <link>http://mmatusaka.exblog.jp/33661176/</link>
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      <description><![CDATA[　鈴木大裕氏の近著『崩壊する日本の公教育』についての感想にもなるのだが、氏のこの本を読むことで、斎藤幸平氏の『人新世の資本論』を再認識（再評価）することになった。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202501/15/76/c0052876_13520380.jpg" alt="_c0052876_13520380.jpg" class="IMAGE_MID" height="367" width="490" /></center>　鈴木氏は、前著『崩壊するアメリカの公教育』で、いち早く、アメリカの公教育が、新自由主義的な情勢、危機にさらされていることを報告し、その傾向を後追いするように進む日本の教育の現状に警鐘を鳴らしていた。その時点ですでに『崩壊する日本の公教育』というタイトルは予測できていたし、現に当時、鈴木氏を招いての講演会のタイトルに使われていた。　その後、鈴木氏には注目していたので、時々ネットなどで（教育専門誌「クレスコ」など）、氏の論説に触れるたび、その現状分析と鋭い指摘にナルホドと唸っていたのだった。ここで、鈴木氏は、改めてアメリカと日本に共通する傾向＝新自由主義的な傾向をとらえて、これは資本主義の行き着いた限界、間違った方向であることを、この斎藤幸平氏の『人新世の資本論』を何度も引用しながら、後半の主たる主張は、斎藤氏と重なっていた。<br />
　一つひとつの主張がもっともなのであるが、「ではどうするのか」がうまく描けない。これは斎藤氏の『人新世～』でも同様だった。現状が、資本主義のこのままの価値観では、先が見えないどころか、地球環境と一緒に破滅に向かうしかない。という危機認識までは間違いないが、ではどうするのか。がみえない。<br />
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　方向としては『脱成長』なのだが、多くの人が言うように、ここまで便利な生活に慣れてしまった私たちは、もはや引き返せない。絶えず成長を続けるしかない。と。斎藤氏が言うような生き方は、よほど、意思が固く地球全体を見渡せるような知性と、いくばくかの生活のゆとりがなければできない。云々。<br />
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　その実例集（実践集）として、『コモンの「自治」論』が試みられたが、僕には、いまいちピンとこなかった。そんなことで、とどまることを知らない今の資本主義社会を軌道修正したり、スローダウンできるのだろうかと。<br />
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　鈴木大裕氏は（教育の観点からだが）、同じくこの実践集の中にもある松村圭一郎氏の論説を引きながら、学校現場の教員から変えて行くんだと繰り返していた。なぜか妙に説得力があり、『脱成長（という言葉は使っていないが）』路線は健在だ。このまま競争ばかりで格差を生み、お金を稼ぐために健康を犠牲にし、未来を心配して現在を楽しまない～そんなはずはない！と。<br />
　斎藤氏の目指す方向が（鈴木氏を間に入れることで）妙に現実味を感じるのだ。<br />
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環境に優しいオーガニックな生き方をしよう！と言えば、おっしゃることはごもっともだけど、現実的じゃない、無理だよと、したり顔で否定される。しかし実はそうではない。現実味が実はあるのだ。<br />
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例のNHKスペシャルでも、その辺の葛藤（アメリカでアメリカ的な生き方を否定することの難しさ）を描いていた。たった一人の少女グレタトンベリちゃんが起点になった（脱成長をめざす）集会で10万人の人が集まったのに、その後運動は下火、同じ集会に昨年は3500人しか集まらなかったと。と、報じながら、確実に『脱成長』的な生き方が根付きつつあるような余韻を残していた。<br />
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どう説明していいかわからないが、『脱成長』に代表される、金カネカネではない、時間を大切にする、コモンな生き方は、十分に可能性がある。<br />
（次の稿で再度、説明を試みます。）<br />
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      <dc:subject>読書</dc:subject>
      <dc:creator>mmatusaka</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 15 Jan 2025 14:52:32 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-01-15T14:52:32+09:00</dc:date>
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