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「正直がいちばん!」
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2025年 10月 01日
![]() 実際、どんな悪人だってどこかしら良いところはあるもの。根っからの悪人はいない、とはよく言うが、一方で、徹底的にバカであほでずるくて人格も最低の性悪、人でなしもいるのかもしれない。性犯罪を繰り返す変態野郎は、一生牢屋にぶち込んだままか、即刻死刑の方がいいのかもしれない。 僕は、現在島原市議会議員として活動しながら、ほとんどの(自民党に属する)同僚議員にもうさじを投げているところがある。有害無益と言っても過言ではない。しかし、それを真正面から言うと、言った人間(すなわち僕)が、ありとあらゆる卑怯なやり方で攻撃を受ける。改心してもらいたいのに逆にひねくれられてさらに悪くなる。 で、少しは褒めなきゃと、例えばかつての自民党の先輩たちはもっと寛容だったとか、是々非々で理屈が通じることもあったなどと、無理やりいいところ(美点)を発掘しようとする。 松坂、最近丸くなったね。などと言われる。どうせ彼らは改心しないのだから、恨まれて闇討ちされたりして(理不尽な懲罰をかけられて)、(議員)生命を失いかねないから、むきになって(事実=真実と言えども)批判する方法は控えているこの頃だ。世論を味方につけて、多数の市民の視線によって改心してもらうしかないからである。 つまり(正しく、理屈が通っていても)相手を悪く言えば、言う側が非難を受けるからである。罪を憎んで人を憎まず。と。でも考えてみるといい、罪(悪事)を働くのは人である。ひねくれるに至った背景はあるかもしれないけれども、悪人は世に放ってはいけないのである。 西日本新聞に「永田健の時代ななめ読み」というコラムが、毎日曜日に掲載されている。中立(もしくは事実)報道を旨とする、天下の大新聞が、いくら論説者の個人名をのせて、個人の意見としてあるとはいえ、よくもまあここまで!今の自民党をこき下ろしたものだ。全く寸毫たりとも褒めることはしていない。徹底的に自民党はなっちょらん!と。明解に否定している。 松坂が島原市議会で同じような言葉遣いをしたら、何度も懲罰を食って、放逐されるかもしれない。大したものだと思う。中途半端に褒めたりおだてたりしては、実態が伝わらないからだろう。見習わなければならない。 やはり、ウソは嘘。悪事は悪事。違法は違法。ズルはズル。本当の事を言わねばならぬ。相手に対してだけではなく、自分に対しても! 正直がいちばん!毅然として信念を貫こう! この数日の自民総裁選びの報道、全く面白くない。欺瞞だらけウソだらけ。テレビは全くダメ!忖度(そんたく)のオンパレード。ネットのトップ画面に並ぶニュース見出しは、もうさらにダメ。それにしても、近ごろのネット、ここまで堕落するとは……。本当の事がいよいよ見えにくくなる。 テレビは見ないで、新聞を読もう。 #
by mmatusaka
| 2025-10-01 01:45
| 社会時評
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2025年 09月 26日
![]() それって、支障となる物件って、何。責任ある判断って、「行政代執行」の事?など、あいまいな表現の実際を問われその物件は「団結小屋である」とその後の農業観光生活建設委員会で河川課長は白状し、その後の記者取材で撤去の要請をするのだと説明したらしい。 新聞記事を見て、「団結小屋」って?何、どこにあるの?と思った方、ネットで検索などしてみましたか、グーグルアースのストリートビューで探せましたか? グーグルアースだと、団結小屋では出てこないのではないだろうか?そんな方は「石木川ミュージアム」で探してみてください。 ![]() この小屋は住居ではないけれど、地域住民の人たちの集まる公民館のようなもの。それを一方的に、これは長崎県のものだと、名義変更してしまった(2019年)のだから驚きだ。世にいう強制収用と言います。ウクライナを勝手に自国の領土だと言い張るロシアかい。住民もろともガザ地区を爆撃するイスラエルかい。 機動隊を送り込んで、強制測量が実施された映像を見せてもらったが、まるで戦争のような光景だった。そして今度は、一方的に名義変更をして、ここは長崎県の土地建物なのだから出ていけと。 名義変更などするときは、両者で契約書を交わすのが普通なのではないでしょうか。ほとんど強盗みたいなものです。このことを、長崎県は「公共の福祉」と呼んでいます。 #
by mmatusaka
| 2025-09-26 01:23
| 諫干・環境
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2025年 09月 25日
西日本新聞読書欄には「カリスマ書店員のおすすめコーナー」というのがあって、僕の好みに近い本をいつも紹介してくれる書店員さんがいて、ちょっと気にかかっていた。西日本ブロックのいくつかの書店で、僕のお気に入り店員さんは、長崎に店を構えている。
長崎の眼鏡橋のそばの「ひとやすみ書店」という、名前もひとやすみにぴったりで面白い。気になっていたのだが、いつぞや思い切って訪ねた時はたまたまお休みで、今回初めて店内に足を踏み入れた。小さな本屋だった。でも、なかなかのレイアウトで、並んでいる本を眺めるだけで楽しめた。 こんなところで、ゆっくり時間を過ごしたいものだが……例によって駆け足ばかり。またゆっくり訪問したい。
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by mmatusaka
| 2025-09-25 00:52
| 読書
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2025年 09月 24日
『どうする!石木ダム』の講演&パネルということで、長崎市に遠征。
朝夕涼しくなり、快調に島原を出たが、昼間は猛暑がぶり返した。無理をしないようにと、先般日傘を仕入れていた。軽量折り畳みなので、実は急な雨にも対応できる。生まれて初めて、日傘を差して会場:長崎市立図書館(ホール)に向かった。 ![]() ![]() 会場はほぼ満席で、関心の高さがうかがわれる。さすが県都長崎(市)だ。島原では、遠い外国の事のように反応が無い。僕はイサカンの延長で石木ダム問題は捨て置けない。(石木問題が解決すれば、イサカンにも目が行き、そう遠くない将来有明海を元の宝の海に戻すことも出来ると信じて……) これほどわかりやすい、無駄で有害な(今日改めて確認できたのは、逆に危険な)公共事業はない。その上に、(21世紀になって更に広がる傾向だが)ここまで人権を踏みにじる事案も珍しい。良識ある県民に、この事実が(単純な失敗が)共有されれば、簡単なことだ。僕には(ここに集まって、虚心に話を聞いた人ならば、誰でも)、分かり切ったことなのだが。 純朴な多くの市民は、まさか役所がまさか知事が、ウソつくはずはないと信じているから、簡単ではない。ケンカになってしまう。だから僕は(実は嘘八百のデタラメであることがよく理解できているのだけれど)多くは言わない。 もう一度じっくり調査検討して、いったん立ち止まって考えようよとだけ提案したい。本当に必要ならもう50年以上になる事そのものがおかしいのじゃないかと……百歩譲って、本当に必要と分かれば、大村湾の小島の皆さんが納得して土地を明け渡し、長崎空港が出来たように、コウバルの皆さんを説得できないはずはないではないか。 僕は何度も泣きそうになった。石木川まもり隊のリーダー格だった美智恵さんが、志半ばで帰らぬ人になったからだ。この日の講演会&パネルの企画の真ん中にいたのも美智恵さんだった。委員長が美智恵さんのことを悼み、宮本氏も嘉田さんも美智恵さんの遺志を引き継ぐのだと、そのたびに僕は泣きそうになって天井を見た。 僕がついつい、行政の不作為や不誠実な態度を悪しざまに糾弾しても、あちらの言い分をきちんと分析して冷静に客観評価し、僕の荒い発言をそっと戒めてくれた。いつも謙虚で、笑顔を絶やさず。現場で座り込みを続けている皆さんに比べれば、自分はまだまだ、出来ることをやっているだけだと言いながら…… 僕ら議員が(報酬を頂戴して=自分の意思を全部注ぎ込める)時間を戴きながら、満足な結果も出せないのに、美智恵さんはおそるべき忍耐力で、事務をこなし調整に奔走していた。手弁当で。しかも笑顔で。 悲しんでばかりもいられない。今回の企画に奔走してくれた皆さんと(相棒本田みえが、司会進行役をやってくれたおかげで、声を掛けていただき)ゲストの宮本先生や嘉田さんを交えての反省会(懇談会)にも混ぜてもらった。貴重な話を聞くことが出来た。そして関わっている皆さんの一人ひとりの熱い思いを聴くことが出来た。 #
by mmatusaka
| 2025-09-24 00:38
| 諫干・環境
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2025年 09月 22日
![]() ![]() 展示されている資料などから、この講演会の意味は理解できたように思う。 答礼人形というのは、先ごろ一万円札でブームになった渋沢栄一氏も関わったお話で、日米の関係が不穏になりそうな情勢の中、アメリカから人形を通じて子供たちに(この場合少女たちが中心かな)日米友好を!と青い目のお人形が、日本全国の小学校などに届いたという。それに対して渋沢氏らは、今度は日本人形を返礼に送ったという話だ。100年前の事だ。 昭和2年10月の島原新聞の記事がすごい。 世界平和に祈りを捧ぐる 少女の赤心を星の國へ 答禮使の人形送別式を けふ島原の少女が挙げた と。 少女代表の送別の辞がすばらしい。 あの可愛い青いお目目の人形に親切な友情を込めて送ってくださった星の國へお礼のお使いとして私たちの真心こめたあなたを行っていただくことになりました。亜米利加のお友達もきっと私たちの捧ぐる厚意とあなたの優しい姿を迎へてくださるでせう。しかしあなたにしてみれば何千里といふ太平洋を越えてお出でになることですから随分心細いこともございませう。また名残惜しい感じもなさるでせう。然し日出る国の少女幾万の御名代です。元気で行ってらっしゃい。そして互に~ と、まあ。華々しい送別の式があったようです。 で、新聞記事には載っているが、肝心のお人形。米国から日本に届いた多くの青い目のお人形はほとんど残っておらず、特に米国との戦争時には敵のものとして廃棄されたという。 ところが、非国民と言われようが、こんなかわいいお人形に罪はない!と、当時の第一小学校の(女性教師だろうか?)先生がそっと奥深くしまい込んだのだろうか。 その青い目のお人形が。昭和59年、第一小学校で発見された。というストーリー。 平和を愛する教育の伝統が「島一小」に生き続けるというわけだ。 両国のお人形が里帰りをするなどの交流が続いている訳である。
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by mmatusaka
| 2025-09-22 18:33
| 戦争と平和
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